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2012年11月14日    中国観光ガイド
25日の朝、寧遠文廟を見物した後、私たちは道県へ移動しました.。 道県は昔道州と言い、秦の始皇帝が中国を統一して、ここに県を設けてから既に2200年の歴史がありました。2004年、道県の「玉蟾岩」古人類遺跡で今より14000年前の陶器の破片と12000年前の人工栽培された籾をを発見されました。道県は総面積が2442平方キロメートルあり、人口が72万人います。中国では稲と豚の産地として有名な道県は現.在至る所に町の建設をしています。そして、観光サービス業にも大いに力を入れられています。時間のせい... [詳細へ]
訪問者(1630)
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2012年11月06日    中国観光ガイド
25日の朝、私たちは寧遠県内にある「寧遠文廟」を見物しました。寧遠文廟は北宋の乾徳三年(965年)に建てられました。寧遠文廟は明、清には十何回も繰り返して建てられました。現存の「寧遠文廟」は清の同治12年から光緒8年まで10年ぐらいかかって完成されました。文革の動乱の中にちょっと破壊されましたが、幸い無事にに保存されました。寧遠文廟は規模と年代において、山東省の曲府の孔子廟について中国の二番目の孔子廟です。廟の中には孔子と孟子などの聖人の霊位を供えています.。毎年、大学の入学試験の前に参拝に来る... [詳細へ]
訪問者(1509)
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2012年11月01日    中国観光ガイド
10月の24日から27日までの四日間、私は桂林の各旅行社の一同と「湖南省永州市観光視察団」に参加しました。今度の旅のオルガナイザーは桂林市旅遊局と桂林市旅遊協会ですが、招待していただいたのはは湖南省永州市政府でした。同行する人は全部で30人(ドライバー入れ)でした。 永州は唐代の柳宗元が書いた「捕蛇者说」(毒蛇を捕ることによって、生活する捕蛇者のことを紹介して、永州の地元の百姓の苦しさを述べる文章。)によって中国人によく知られていますが、観光地としてはそんなに有名ではありません。 永州は湖南... [詳細へ]
訪問者(1488)
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2012年10月29日    中国文化
広州の陳氏書院は陳家祠とも呼ばれており、広州市中山七路にあり、地下鉄の2号線で直接「陳家祠」駅で降りればよろしいです。アクセスが大変便利です。陳氏書院は清の光緒年間(1890年)に工事を始め、1894年に約4年掛かりで完成させたものでした。当時、広東省72県の各地に住んでいた陳という名字の一族が寄付により共同の先祖祭祀に使う場所として、出資して建てたものでした。一部の部屋が生徒の勉強のために使われたことがあることから陳氏書院とよばれました。敷地面積が延べ15000平方メートルもある陳氏書院は広... [詳細へ]
訪問者(1379)
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 広州市内を流れる珠江の北岸寄りには昔、川の小さい中州には過ぎなかった0、3平方キロメートルの小島はありました。最初の名前が拾翠洲と呼ばれました。ここがもともと、珠江の水に流されて出来た砂丘なので「沙面」とも呼ばれました。宋、元、明、清の各時代にわたり、国内外に通じる埠頭と観光地として利用されました。 1857年に起きたイギリスとフランス連合軍によるアロー事件(第二次アヘン戦争の一部)で、沙面島はイギリスとフランスの租借地として不平等条約により弱腰の清朝から強要するようにされました。そこで1... [詳細へ]
訪問者(1748)
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