中国では大学の入学試験が行われています。
2012年06月08日その他
年に一度の中国の大学の入試試験はまた始まりました。入試試験は6月7日から9日までの三日間に行われます。いつもと同じように今年も入試試験の間に大雨が降りました。その雨は落第の学生の涙からなったとよく言われました。
中国では昔の封建時代から官吏を選抜する科挙試験がありました。庶民は科挙試験に参加することによって、うだつが上がります。もし科挙試験に合格できると本人はもちろん家族と同族の人たちにとってもなかなかメンツを立てたことになります。科挙試験は民国時代から廃除されました。その代りに大学の受験制度がありました。文革の間、中国では大学の入試試験は一時中止されました。1977年鄧小平がリーダーになった後、大学の入試制度を再ぶ恢復しました。当時は文革が終わったばかりで、経済状況が非常に悪くて就職も難しいものでした。大学に行くことによって就職することは当時のたくさんの若者の夢でした。「知識を学んで、運命を変えよう」と言うのはよく言われた言葉でした。大学生は「天の驕子」と称えました。でも当時は大学が少なかったので競争は激しいものでした。「千軍万馬が独木の橋を渡る」と言う言葉でその厳しさを描きました。
私は1981年に理系の大学の入試に参加しました。一回目は失敗しました。浪人して文系の勉強をして、1983年二十歳の年でようやく大学へ行けるようになりました。大学の知らせをもらった時の気持は30年たった今にもまだはっきり覚えています。周りの世界は明るくなったような気がして、会ったすべての人に微笑んでいました。それは私の人生の中で一番幸せな時だとおまいます。学費と寮はただで、交通費は半値でした。貧しい家庭の学生は助学金ももらいました。大学四年間は家族にはあまり負担にはならなかったです。でも就職は自分の意志の通りにできませんでした。学校と国の「分配」(割り当てること)に従って就職しなければなりませんでした。大学生はほとんど国営企業と政府の部門に就職し、給料も一般の労働者より大分高かったです。
20世紀の90年代の末から「教育産業化」の政策が行われた後、状況は段々変ってきました。大学と専門学校がいっぱい増えたので、大学の進学率は年々あがりました。去年の全国の平均の進学率は70%で、広西省では75%でした。今年全国の平均の進学率は75%まで上がり、広西は80あった%まであがるそうです。学費などは年々上がります。大学四年間は5万元から10万元までかかるそうです。就職は自分で解決しなければなりません。給料も一般の高校生とそんなに変わらないです。たくさんの人は学校を卒業してすぐ失業になりました。その原因で、一部の学生は中国の大学へ行かずに直接欧米の大学に留学に行きました。貧しい家庭の高校生は卒業してそのまま就職に行きました。近年大学の入試試験に参加する高校生の数は年々減ってきました。地方によってそれそれ違いますが、桂林では去年は一昨年より10%減り、今年は去年よりまた6%ぐらい減ってきました。今後も減っていくと思います。
蒸し暑い天気でも親たちが試験場の外で子供の出るのを待っていました。
試験場の秩序を守っていてガードマンたち
警察も来ました。
テレビ局のスタッフもきました。
蒸し暑くて、緊張で倒れてしまったことがあったので救急車も待機していました。
交通状況を整理する警察も来ました。
今のチャンスを利用して親たちに学校を宣伝する資料を配っていました。
ようやく出てきました。 でもよくできたかな。
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コメント(5)
作者:( 「ふれあい中国」)
どこの国も大学入試については、時代の移り変わりが感じられますね。私の漢語の先生、今年63歳になられますが、大学時代の思い出を語られるとき顔に苦汁が顔に滲み出ます。地方の高中で数学が秀でていて、「北大」に入学されたまでは良かったが、「下放青年」として東北(吉林)に送り込まれ、侘しい田舎の農作業と小学校の老師をされていたそうです。大学卒業後は瀋陽の交通局に「分配」されて自分の思う通りの仕事もできずに、赴日工作団の団長として日本を訪れたのを機会に日本の企業に就職して日本在住20年以上の経験をお持ちです。当時の大学生は相当のエリートだったらしくて、学費、寮費無料で、おこずかいまでもらえたそうです。改革開放以後、地方のそれぞれの省には、単科大学の工業大学が設えられ、大学生の数がうなぎのぼりに増え、その結果、卒業しても就職できず「待業生」が大都市の安アパートに住み、友人と部屋をシェアーしながら職探しをする、現代若者の生活受難を中国の衛星放送が伝えています。でも、高中時代、努力して入学試験で650点以上を得られた学生は名門大学に入学し、卒業後は海外の大学院に進む学生が増えている事実もあるようです。私の近くの官立大学の大学院には多くの中国からの留学生がおり、それも奨学金(返済不要)をもらい打工せずに落ち着いて研究に勤しんでおられます。卒業しても大陸に帰らず、日本の国立の研究機関に就職したり、私企業の研究開発部門で働く中国人がたくさん居ます。一般的に中国では「一人っ子政策」で、わが子を高学歴の子供に育て上げたい風潮があるのではないでしょうか。将来は国家公務員か、海外へ出て高収入を得て郷里に錦を飾る息子になってもらいたいのが親の偽らない事実化もしれませんね。その過程として「大学入学試験」が熱くなるのではないでしょうが。卒業しても「鉄大椀」を得られる保証などなくとも、息子、娘が大学を卒業してもらいたい親心のあらわれでしょう。大学卒業の若者が増えることは国家にとってはいいことだと思います。これから14億の民が生活するには英語を自由に繰ることができる国際性豊かな若者が必要とされるでしょうから。
日本では進学率が上がるにつれて、学生の質が落ちているように感じます。日本に来る中国人留学生も年々増加していますが、同じような傾向を感じます。大学に入ること自体が目標で、何を学ぶのかが欠けている感じがします。 陸さんの世代の中国人学生は、驚くほどの勉強ぶりでしたね。私は20年ほど前、中国の大学に滞在したことがあります。夜、教室の電灯が消されてからも、校庭の灯りを求めて教科書を読む学生の姿に感動を覚えました。このひた向きさが、今の中国の発展を支えてきたのだと思います。 「貧しさの中でも学ぶ」「豊かさの中で学ばされる」、これが違いなのかもしれませんね。
いまいさん、こんにちは。いつもコメントいただいてありがとうございました。確かに仰った通り、何処の世界も、厳しい状況が有るようで大変です。文革の時、職場がほとんど国営の企業で、競争がなかったので、皆は頑張らなかったです。生活が貧しかったですが、ストレスはなかったです。改革開放以来、政策が変わって、頑張るがあったので、競争が始まり、ストレスもありました。大学の受験勉強をする私が激しい競争の中で、つくづくストレスが感じさせられました。学校から社会に出た後、競争が更に激しくなりました。頑張りは頑張りましたが、頑張りは足りないのかなかなか出世できませんでした。そのうち、出世するチャンスもありましたが、田舎の出身の私は人間のコネ関係の取り扱い方がさっぱり分からないので、とうとうチャンスが逃れました。今さら分っていてももう後の祭りです。でも後悔はしていません。もともと私なんかは出世する人間ではありませんし、それに偉い人間は偉い人間の辛さがあり、平凡な人は平凡な人の幸せがあり、無理することはできませんね。
桂林も、秋入学なので、この時期に大学入試試験が行われるんですね、何処の世界も、厳しい状況が有るようで大変だとつくずく思います。 人生いろんな意味で競争社会で、どう生き抜いていくのか考えさせられます、生涯賃金が入る会社などで大きく変わる所を見せられると、どうしても良い会社に入りたいと言うのもわかりますからね、中国社会は、共産党や公務員に入れるか入れないかでも大変違うので違う意味でも、どう生きて行くのか考えさせられます、血縁コネといろんな技が必要でしょうし、何処で生きて行くにも頭が良くて、人よりすぐれた所が必要でしょうね。 このところ、中国景気も良くないとの報道もあり、不動産価格も下がり、利下げも行われたようです、中国の景気が大きく悪くなれば世界景気も悪くなるとの報道もあり、注目されますね。
いまいさん、こんにちは。いつもコメントいただいてありがとうございました。確かに仰った通り、何処の世界も、厳しい状況が有るようで大変です。文革の時、職場がほとんど国営の企業で、競争がなかったので、皆は頑張らなかったです。生活が貧しかったですが、ストレスはなかったです。改革開放以来、政策が変わって、頑張るがあったので、競争が始まり、ストレスもありました。大学の受験勉強をする私が激しい競争の中で、つくづくストレスが感じさせられました。学校から社会に出た後、競争が更に激しくなりました。頑張りは頑張りましたが、頑張りは足りないのかなかなか出世できませんでした。そのうち、出世するチャンスもありましたが、田舎の出身の私は人間のコネ関係の取り扱い方がさっぱり分からないので、とうとうチャンスが逃れました。今さら分っていてももう後の祭りです。でも後悔はしていません。もともと私なんかは出世する人間ではありませんし、それに偉い人間は偉い人間の辛さがあり、平凡な人は平凡な人の幸せがあり、無理することはできませんね。