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2011年10月31日七星公園龍隠岩

龍隠岩.桂林の七星公園 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桂林の七星公園の中に「龍隠岩」があります。そこには中国の宋代以来の各時代に残された摩崖石刻が百点以上あります。午後二時、雨がまだ降っていましたが、私は久しぶりに「龍隠岩」へ見物にいきました。

七星公園の東門から入って、左に曲がると、くねくねと曲がっている閑静な小道があります。大木が生い茂っていて、周囲は薄暗い感じでした。小鳥の鳴き声が聞こえますが、人の気配はほとんどありませんでした。一人でこのような道を歩いていると、昔に戻ったような気がしました。歩く人が少ないのか、道には苔が生えていて、地面はちょっと滑りやすかったです。十分ほど歩くと、「龍隠岩」につきました。普段でも人気の少ない「龍隠岩」が今日はさらに寂しく感じられました。初めはカップルみたいな二人が写真を撮っていましたが、とうとう私一人ぼっちになってしまいました。

「龍隠岩」は月牙山の南麓にあって、隣には掘られた洞窟があります。洞窟の上のほうに龍がいたような模様の岩があるので「龍隠洞」と名付けられました。「龍隠岩」は広さ15メートル、深さ24メートルです。天井のところに一本の鍾乳石が垂れ下り、水滴が落ちていました。昔、その水滴の音が琴の音のように聞こえるので「滴玉泉」と名付けられたそうです。その傍に「秋湖弾琴處」と言う五つの大きい字が刻まれています。岩壁に向かって、右側のほうには面白い石刻が二か所あります。一つは大きい「佛」の石刻です。想像力を働かせて見るなら、「佛」の字は跪いて、恭しく線香を焚いている一人のお婆さんに見えます。もう一つはその右の方にある清の康熙年間彫られた観音像です。普通の観音さんは女の顔ですが、ここの観音さんは唇の上に髭を生やした男の顔です。珍しいです。でも、最も貴重な石刻は岩壁の真ん中にある「元祐党籍碑」です。宋徽宗崇寧四年(1105年)に宰相の蔡京は司馬光、蘇軾(蘇東坡)など309人を「奸党」(奸ねいの人の集まり)に列して、全国で彼らの名前を石碑の上に刻みましたが、翌年、徽宗はその石碑を全部毀すように命じました。、「龍隠岩」の「元祐党籍碑」は中国で、その歴史を完璧に記載した唯一の石刻です。

その後、更にたくさんの写真を撮りました。これらの石刻はみんな生命のあるものです。それぞれの物語があるに違いないです。誰も見てあげないと寂しいでしょう。もっとたくさんの人がこれを見るべきです。「すみませんね、今日は一人で、今度は妻と娘も連れてきます。」と言って、「龍隠岩」の石刻にさよならをしました。                          

 

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作者: 「ふれあい中国」
 

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