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2012年12月13日桂林市霊川県霊田郷への日帰りの旅(同江村から梅庄までのハイキング)

12月8日(土曜日)は曇りで、少し寒かったです。わたしは桂林ハイキンググラブの皆さんと桂林市霊川県の霊田郷へハイキングに行きました。参加するメンバは全部で55人いました。今度のハイキングのコースは霊田郷の同江村から清田里と龍口を経由して最後の終点梅庄です。朝の9:00頃、私たちは市内から出発して、1時間ぐらい走って、10:00頃、霊田郷の同江村の近くに着きました。そこでバスを降りて、一日のハイキングは始まりました。霊田郷は桂林の北の山群れの中にあり、交通の不便な所ですが、その代りに自然の風景は綺麗です。
10分間ぐらい歩いて、向こうの山の麓に一つの村が見えてきました。その村の名前は「同江村」といいます。畑に開発された山坂に蜜柑、銀杏と各種類の農作物が栽培されていました。村の前を一本の小川が流れ通っていて、川の両岸に細長い水田があり、水田の中に収穫された稲の切り株がまだ残っていました。村の家はほとんど土塀の家で、家の壁に文革の時のスローガンがまだ書いてありました。一般の家の前の庭に大抵鶏と豚を飼っていて、裏庭には自給自足のための野菜を栽培されていました。同江村を抜けて、40分歩いて、「清田里」という村に来ました。夏にはたくさんの人が「清田里」の滝を見に行きますが、秋になって大勢の人は「清田里」の紅葉に引きつけられています。午後の1:30頃、「龍口村」に着いて、みんなは地元の農家の経営する食堂で炭火の御鍋料理を楽しみました。
午後の3時頃、お昼した私たちは龍口村を出発して、終点の「梅庄」に向かいました。途中、畑で甘草みたいな物を収穫する中年の夫婦に会いました。「それは何ですか」と聞くと「どくだみです。」と教えてくれました。どくだみは漢方薬材で、消炎解毒の働きがあります。以前、三江トン族自治県へ行ってトン族の「長卓宴」を食べた時、料理として出されたことがあります。変な匂いと味が納得できませんでした。今度畑に栽培するどくだみを初めて見ました。梅庄に着くちょっと前、青々しく生きた大根畑を通っていた時、その水気が多い大根が美味しいでしょうと言うと、小川の岸辺に座っている若い男が「食べたいならどうぞ自由に食べて下さい。かまわないよ」と声をかけてくれました。大根を食べませんでしたが、男のご好意を感謝しました。一人でそこに座って、もしかしたら恋人でも待っているのでしょうかと冗談を言ったら、向こうはちょっと笑って、返事をしませんでした。
午後の4時頃、終点の梅庄に着きました。梅庄は山々に囲まれた小さい村で、遠い所から見て、村全体はのどか雰囲気に包まれていました。村の中に入ると、細長い路地、苔の生えた壁、井戸などは私を子供頃の古里のことを思い出させました。多分みんな仕事に出かけているのでしょうか、家々の戸がほとんど閉めてありました。そのうち、戸の開いた家がありました。中庭で洗髪している一人の若いお母さんがいました。その洗髪の姿を見て、子供の頃母と姉の洗髪のようすを思い出させました。ちょっとご挨拶をしてみると、そのお母さんが入らせてくれました。お母さんは子どもが二人います。「上のお姉さんがまだ8歳ですが、もうお母さんの手伝いができて、下の弟を背負っていました。同じ都会部の8歳の子はまだ親に可愛がられていますな」と感慨深かったです。午後の4時半頃、みんなは迎え来たバスにバスに乗って市内に向かいました。

桃源郷のようなのどかな梅庄でした。

同江村に向かっている途中でした。











清田里の美しい紅葉でした。







龍口村でお昼をする場面でした。

野の葱を採っていました。野の葱の煎り卵は私の大好物です。

どくだみを収穫していた中年の夫婦でした。

畑に生きているどくだみでした。



陽気で心の易しい若者でした。

このような中国の特色ある建物は段々消えてしまって、とうとう見えなくなるでしょう。と思うと悲しくなりました。















これは何者でしょうか、実は砥石の下に置くものです。生まれて初めて見ました。

農家が庭で飼った100キロもある黒色の地豚でした。
 
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作者: 「ふれあい中国」
 

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