興坪の遺跡に心の駅(リフレッシュ)を思う
2012年06月07日中国文化
桂林の郊外にある興坪にもし陽朔から車で行くならば、必ず道端で2、3か所の古くて、完全にスクラップされた建物が見えます。これは所謂昔の「驛站」です。昔の中国では、朝廷や政府の人員、役人が書類、軍事情報を伝達する時、宿泊したり、馬に乗り換えしたりする所でした。今の時代では、辛うじてこれに当たるのが郵便局ではないでしょうか。この「驛」の文字に「馬」ヘンが付き、馬と関係のある施設だと分かりやすいです。ちなみに昔は馬の引く馬車を使ったことから、通る道を馬路と命名されたわけもありました。
おそらく昔の中国の「驛站」の「驛」という文字が日本に伝わった時に「駅という文字に変わったようであり、ずっと今まで使われてきたのではないですか。
時代は日進月歩のような発展が遂げられ、飛行機や高速列車、高速バスなどがよく利用されるようになりました。何もかもがリズム的に早められた今の時代では、あのかつて人や馬がざわめく賑やかな「驛」は道端に物静かに忘れられ、誰一人としてそこに一瞥しようとしないです。
しかし、私たちはいくら時代が進んだからといって、このリズムの早い、目まぐるしい現代社会にくたびれた心を一休みさせようとするじゃないですか。心の「駅」イコール心の「リフレッシュ」というものをなくしてはいけるのでしょうか。私たちは不本意に現代社会の早いリズムに振り回されるほど、心のゆとりを造る願望が強まります。疲れた体を休めたり、引きしまった気持ちを緩めたりするために、どこかに気分転換として旅に出るのはしかりです。せめて気の合う人と、どこかで一杯紅茶でも飲むのも「心の駅」によるくつろぎではないでしょうか。これはもう何の取り柄もない、人びとにすっかり風化された興坪の道端の「驛」がふと私に教えてくれたことです。
桂林の陽朔にある西街は中国の十大の「心の駅」の一つと考えられ、年間何百万とも言える「心のリフレッシュ」を求める観光客が訪れてきます。西街にのんびりしていられるバーやビヤホール、コーヒーショップなどが並んでおり、特に長い休暇を楽しむヨーロッパ人が多いです。
陽朔の西街でフランス人の経営しているレストランもあり、夕方、ここが心身ともに疲れた人々で埋まってしまいます。
西街の建物が古くてノスタルジア的な雰囲気が漂い、疲れた心を癒すのに最適だと言われています。
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コメント(4)
作者:( 「ふれあい中国」)
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コメントをいただき、ありがとうございます。中国では、 昔、計画経済の時代に一律にして無差別収入をもらう時代であり、’所謂「親方日の丸」というシステムのもとで、中国人としてプレッシャーを感じなくて割りにのんびりしていられましたが、今の中国では30年余りの改革、開放路線を実施して以来、社会のあらゆる方面においての変化をもたらし、特に競争の激しい社会に入ったわけです。今の中国人は誰一人として、この未曾有の激しい競争の波に揉まれて、多少なりとも心身ともに草臥れを感じない人はいないでしょう?人間にとって肉体の疲れより、心の疲れを回復することが重要であり、要するに、メンタルケア(心理的介護)はどの時代よりも重要視されています。神経衰弱、不眠症、苛立ち、癇癪などのような不健康的な心理はせっかくの人生を色褪せさせてしまいます。この時にこそ、どこかに気分転換として旅行に出かけ、自分をりフリッシュさせることをお勧めするのです。古い遺跡は逆に我々現代人のこれから歩むべき道を導いてくれるのです。
心の駅を失った現代人 帰る家のない人 可哀相ね
コメントをいただき、ありがとうございます。実際、私がガイドとしてこの遺跡の傍らをよく通ったものであり、それについての感想文を少しでも書きたいと考えましたが、何をテーマにして書いていいかとずっと迷っていました。ふとある日、その遺跡を記念に写真を撮る観光客から、インスピレーションを得ました。ご承知のように桂林に観光に来た人がリフレッシュ(疲れた心身を癒すこと)の目的で来る人が多く、そして中国では「心霊的驛站」という言い方が文学作品の中に使われ、およそ「リフリッシュ」という意味に当たります。ここまで考えた私が唐突にも、もう誰も目もくれない実物の「驛站」と、今誰でも現代社会の早いリズムに疲れた心と体を癒そうとして求めようとする無形の「心霊的驛站」(リフレッシュ)の両者の間に言葉の概念が違うけれど、何か繋がりがあるのではないか?わたしが結局この趣旨を持って上記の感想文を書いたわけです。甚だ浅はかな感想でまったく御釈迦に説法という気がして、恥ずかしい次第です。 ちなみに、私がこの間、この遺跡のそばを通って見たら、興坪から陽朔の福利までの道を拡張しているために、この二つの遺跡が解体される可能性があります。もしそうになっては、大変残念なことであり、何とかして文化財として大事にしてほしい気持ちです。 中国文学が好きな先生はきっと私より深い感想があると信じています。先生がご都合がよければ、行って見ていただきたいです。
私は古代中国の歴史小説が好きで、よく読んでいます。桂林に驛站の跡が今も残っているなんて、おどろきです!カリスマガイドの董文利さんに教えてもらわなければ、その傍を通っても気づかないですね。桂林へは何度も行ったことがあります。もう少し、この情報を早く知ってれば、見学に行けたのに残念です。次回、桂林興平を訪問する時の楽しみにとっておきます。貴重な情報をありがとうございます。