酒泉の歴史

酒泉市は河西回廊の西部に位置し、祁連山脈主峰の麓に位置します。ここは辺境要衝で,古代シルクロードの重要な商埠でした。酒泉の古名は粛州で、前漢の武帝時代、霍去病将軍が匈奴を撃ち破った後、現在の泉湖公園一帯に砦を築いたと伝えられています。ここにはとても甘い泉があり、金泉と呼ばれていました。当時、漢の武帝は功績のある将兵に褒美として、京都の長安から御酒10本を送り届けたそうです。霍去病は、勝利が全軍共同で勝ったもので、御酒は共に飲むすべきだと考えていて、金泉に注ぎ、泉すぐに酒と化し、将兵たちと一緒に飲みました。その後、金泉は酒泉と呼ばれるようになりました。現在、城東泉湖公園内に泉があり、清宣統年間に刻まれた「前漢酒泉勝跡」の石碑があります。酒泉市の古跡は多く、漢、晋の墓地群、漢、唐、元、明の古城及び鼓楼など古代文化遺跡が多く、また敦煌芸術の故郷です。