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2012年11月14日道県の見物ーー湖南省永州観光シリーズ(二)

25日の朝、寧遠文廟を見物した後、私たちは道県へ移動しました.。
道県は昔道州と言い、秦の始皇帝が中国を統一して、ここに県を設けてから既に2200年の歴史がありました。2004年、道県の「玉蟾岩」古人類遺跡で今より14000年前の陶器の破片と12000年前の人工栽培された籾をを発見されました。道県は総面積が2442平方キロメートルあり、人口が72万人います。中国では稲と豚の産地として有名な道県は現.在至る所に町の建設をしています。そして、観光サービス業にも大いに力を入れられています。時間のせいで、私たちは道県では「濂渓故里」と「月岩」のを二か所しか見物ができませんでした。県の東南部に60キロ離れた所に「湘源温泉」があります。温泉の水温は42℃で、皮膚病と関節炎に効くそうです。将来、チャンスがあれば行きたいと思います。
10:10頃、道县の清塘鎮の楼田村に着きました。楼田村は中国の理学の鼻祖の周敦頤の古里で、道県の中心から約10キロぐらい離れています。人々が周敦頤のことを「濂渓先生」と尊称するので、楼田村を「濂渓故里」というわけです。周敦頤は一生いろいろ本を書きました。彼の書いた「太極図説」と「通説」は宋代と明代の理学の理論の基礎となりました。彼の「愛蓮説」は中学校の教科書に納められていて、中国人によく知られています。村に住んでいる280戸の人はすべて周敦頤の裔です。関係ある資料によると、魯迅先生と周恩来元総理も周敦頤の後裔だそうです。
秋になったので、村の前の蓮水田蓮の葉っぱは枯れていますが、周りの稲が黄金色になって、とても綺麗でした。村に入って、すぐ「濂渓祠」の遺跡があります。残念ながら、文革の時、「濂渓祠」など村の古跡がほとんど毀されて、昔ままの古い建物があまり見えませんでした。一部の家具と石刻を見えただけでした。村の入り口に泉があり、泉の傍に「聖脈」と「尋源」の石刻が彫られています。周敦頤がこの泉の水を飲んだことがあるに違いないと思います。
濂渓故里」を出て、「月岩」へ移動しました。「月岩」は貫いた石灰岩の洞窟で、東西二つの入り口があります.。真ん中は空いています.。東から洞窟を眺めると、下弦の月に見えますが、西から眺めると上弦の月に見えます。人間は洞窟の中から空に向いてみると満月のように見えます.。それで、洞窟は「月岩」と名付けられたわけです.。洞窟の中に昔から50点ぐらいの石刻が残されています.。石刻は殆ど月と理学の面の内容です.。「月岩」は周敦頤の故郷の楼田村に4キロ離れるだけです。若い時の周敦頤は時々一人でここへ勉強に来ました.。周敦頤がここに来た時、彼は理学に対する考えはその時から悟ったと伝えられています.。
























































お昼は道県の町の中でいました..町中至るどころに工事していました.。


 
 
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作者: 「ふれあい中国」
 

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