川劇

   川劇(せんげき)は四川省の地方文化を代表する伝統芸能であり、2006年に中国の非物質文化遺産に指定されました。成都が古くから「劇の郷」と呼ばれていた事もあり、唐の時代から既に「蜀の劇は天下に冠たる」というふうにが伝えられてきました。中国の漢民族の地方演劇として最も重要な劇の一つでその歴史も長くて、主に四川省東部や重慶、雲南省、貴州省の人々に親しまれています。清代の乾隆年(1736年~~1795年)には「川戯」と呼ばれ、その後「川劇」と名を改めました。川劇は歴代芸術家の絶え間ない努力と伝承により、数多くの伝統的な素晴らしい演目が受け継がれ、中国の伝統芸能において最も貴重であると認知され、国宝とも呼ばれています。

   明の時代末期から清の時代初期にかけて、中国各地から四川省に移民がなだれこみ、移民の文化を反映する会館の建設と落成により、各地から集まってきた演劇や民謡が四川省成都という大舞台で一斉に演じられるようになりました。この一大共演の中で次第に四川省の地元方言、民俗、民間演劇、曲芸、民謡などと融合し、最後には四川省独特の節回しの文化として完成しました。結果、このような文化の融合は川劇の育成と発展に大きな役割を果たしたと言えます。川劇を表現するためには5種類の音調の違う節回しが必要とされています。それぞれ、昆腔(生まれは江蘇省、四川省へ伝わり、四川省の地方色豊かな節回しに変遷したもの)、高腔(生まれは江西省、明末から清初、四川省に伝わり、地元の演劇と融合し、地元色鮮明な節回しとなった。テーマは様々で、ジャンルも多く、内容も豊富)、胡琴腔(もとは安徽省や陝西省周辺の節で、四川省の方言や演劇に用いる銅鑼や鼓の演出と結びつき、定着した独特な節回し)、弾戯(“川?子”とも言い、生まれは陝西省の同州、胡琴や拍子木を使って演奏することから命名)、燈戯(四川省の民間が起源、定着した地方劇としての節回し)という特色を持っています。これらの節回しを全て四川省の方言で演出していき、特に高腔は音調が一番高くてきれいで、各場面のセリフもユーモアで面白いです。用いられるテーマの多くが普段の実生活から生まれたものを取り入れているため、観客にとっても分かりやすく受けも高いです。

   「隈取り」は川劇の演目には欠かせないものとされています。役者は公演が始まる前に顔に色彩りのキャラクターの図案を描きます。川劇では昔から専門的に隈取りをしれくれる人がおらず、役者たちが自分で自分の隈取りをするしかありませんでした。そのために役者たちはそれぞれ人物の基本的な特徴を変えない前提で、出来るだけ観客の目を引くように独自の隈取りを創作していきました。このように隈取り文化の個性化及び多様化は、他の地方演劇が及ばないほどの大きな特徴を持っています。また川劇の隈取りの技術は紙上には記さず、師匠から口伝承で生徒に教える方式を用いていることも非常に珍しいです。隈取りの色は人物の役柄を表し、通常赤が忠誠心や男気のある役柄、黒は気が強く曲がったことを嫌う役柄、白が冷酷無情でずるい役柄、青が山賊や追剥ぎなどの造反人の役柄などをそれぞれ意味しています。また役者がストーリーの展開に応じて動物の図案や文字で隈取りを描き、人物の役柄を表すこともあります。

   川劇の最も大きな特徴は何と言っても摩訶不思議な「変臉(変面)」です。この変面に使う隈取りは目で見えない人物の心の在り方や情緒を具像化にするものであり、最初は張子のものでした。改良後は、藁紙に書き直し公演する際にスモークや扇子で隠しながら一枚ずつ剥がしていきました。現在は藁紙からシルクに変わり、演劇上もっと使い易くなりました。変面は「剥がす」という仕草でお面を変えるほかに、次の四種類の仕草で表現していきます。まず、化粧用絵具を顔の特定した場所に付けておき公演中に手で顔に塗りつぶし別の色に変化させる「?臉」。次に公演中に金粉や銀粉といったような粉末状の化粧品を箱に詰め、顔をその箱に近づけて吹き顔の色を変化させる「吹臉」。最後は気功で「変面」を実現させることです。これは大変難しい技で、よほどの気功師でないとされています。現在、この変面は川劇の中でも特に人気が高く、役者が顔に手を当てると瞬時に隈取りが変わり、瞬く間に何種類もの表情を切り替えていく様子は人々を驚愕させます。この技術は一子相伝、門外不出で中国では第1級国家機密として守られています。この変面は様々なメディアでも取り上げられ、中国国内だけでなく世界中で知られるようになりました。変面のほかにも火をつけた皿を頭にのせたまま動く「頂燈」、消えたろうそくの火を瞬時に灯したり、口から炎を吐き出す「吐炎」などバラエティに富んだ演目が目白押しです。

   川劇の役柄は通常小生(男役)、花旦(隈取りをした女役)、花臉(浄と言い、顔に派手な模様を描いた役)、丑角(道化役)に分かれており、それぞれの技術で演戯を展開していきます。どれも中国演劇の虚実と誇張の美学を表現しています。また川劇の舞台演出に欠かせない銅鑼や鼓も20種以上が用いられています。