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2012年11月29日    中国観光ガイド
26日、私たちは江華から零陵に移動してきました。江華から零陵まではバスで約3時間半ぐらいかかりました。 零陵は昔零陵県と言いました。湘水と瀟水がここに合流するので、また「瀟湘の地」とも言われました。1995年に永州市が成立されて、零陵県は永州市に所轄する一つの区と成りました。 零陵は長い歴史と豊かな文化のある町で、歴史の中で、たくさんの文人墨客がここへ訪れた子があります。唐代の草書で有名になった懐素は零陵の生まれです。そして、唐の有名な文学者の柳宗元が零陵に左遷されて、10年間住んだことがあ... [詳細へ]
訪問者(1629)
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2012年11月21日    中国観光ガイド
道県の見物が終わった後、永州のもう一つの県ー江華県に移動しました.。 江華県は古称を「憑乗」といい、西漢の元鼎六年(前111年)に県を設けられれました。江華県は「陽華岩の江南」という意味を込めてで「江華」と名付けられたわけです。江華県の全称は江華イオ族自治県と言います。役所は沱江鎮にあります。江華県の総面積は3248平方キロメートルで、総人口は50万人います。そのうち、イオ族の人口は30万人で、中国のイオ族の人口の十分の一を占めています。江華は中国の最大なイオ族自治県になっています.。 江華... [詳細へ]
訪問者(1275)
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 1983年6月に、広州市越秀区解放北路に位置する象岡山の工事現場で、世間を驚かすほどの大発見が起きました。それは2100年ほど前の国王の古墳の大発見なのでした。この国の名前が南越国と呼ばれ、古墳に埋めた国王の名前が趙眜(チャオモウ)と呼ばれました。国の都が「番禺」と呼ばれ、つまり、今の広州市に当たりました。趙眜(チャオモウ)は南越国の二代目の国王であり、初代の国王の趙佗の孫でした。記載によると祖父の趙佗が百歳ほど長生きし、息子の方が先に死んだということから、国王の座が自然に孫の趙眜に引き継... [詳細へ]
訪問者(1404)
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2012年11月14日    中国観光ガイド
25日の朝、寧遠文廟を見物した後、私たちは道県へ移動しました.。 道県は昔道州と言い、秦の始皇帝が中国を統一して、ここに県を設けてから既に2200年の歴史がありました。2004年、道県の「玉蟾岩」古人類遺跡で今より14000年前の陶器の破片と12000年前の人工栽培された籾をを発見されました。道県は総面積が2442平方キロメートルあり、人口が72万人います。中国では稲と豚の産地として有名な道県は現.在至る所に町の建設をしています。そして、観光サービス業にも大いに力を入れられています。時間のせい... [詳細へ]
訪問者(1608)
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2012年11月06日    中国観光ガイド
25日の朝、私たちは寧遠県内にある「寧遠文廟」を見物しました。寧遠文廟は北宋の乾徳三年(965年)に建てられました。寧遠文廟は明、清には十何回も繰り返して建てられました。現存の「寧遠文廟」は清の同治12年から光緒8年まで10年ぐらいかかって完成されました。文革の動乱の中にちょっと破壊されましたが、幸い無事にに保存されました。寧遠文廟は規模と年代において、山東省の曲府の孔子廟について中国の二番目の孔子廟です。廟の中には孔子と孟子などの聖人の霊位を供えています.。毎年、大学の入学試験の前に参拝に来る... [詳細へ]
訪問者(1492)
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