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 1974年3月、西安市の郊外にある秦の始皇帝の陵墓から東に1、5キロほど離れた西楊村で何人かの住民が井戸を掘ったところ、全世界を驚かすほどの大発見がありました。それは2000年余りの間、地下に眠った黄泉の国に行った始皇帝の近衛軍とされた兵馬を模った「兵馬俑」の発見でした。兵馬俑というのは兵士や馬の形をした埴輪のことであり、すなわち始皇帝が来世へと旅立っていこうとして自分を守ってくれる巨大な兵隊などを埴輪にした副葬品のことです。発見された翌年、国が現場で兵馬俑坑博物館を建てて、そして1979年1... [詳細へ]
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2013年06月18日    中国観光ガイド
 桂林は6月中旬に入りますと本格的に真夏を迎えます。どこからともなく微かに蝉の鳴き声が聞こえてきます。これから桂林の真夏が来て暑さと戦う毎日になるでしょうと考えさせられます。最初、零細的に聞こえてくるぐらいなので、次第に気温が上がるにつれ、蝉しぐれに拡大して暑さも募るばかりのようです。  ところが、筆者はこの桂林の真夏を告げる蝉しぐれが別に嫌いわけでもないです。むしろ桂林の真夏の風物詩として捉えたいと考えています。  毎朝、 人間はまだ目が覚めていない内、蝉たちは「演奏」を始め「忠実... [詳細へ]
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2013年06月17日    中国文化
 中国のお酒の歴史や起源について今までいろいろな言い方がありますが、これについて、もともと約一万年前とされる農耕時代には、すでに穀物による醸造酒は作られたと考えた学者がいます。その時、穀物を栽培する目的はご飯を作るよりもお酒を造るためだという分析が続いています。この言い方が外国では、わりに支配的になっています。またある専門家は「中国のお酒が今まで6000~4000年とされる黄河流域における新石器時代の末期、すなわち龍山文化の遺跡でお酒の起源が初めて分かり、その時のお酒が各部落の支配者の贅沢品だっ... [詳細へ]
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2013年06月09日    中華料理
 言い方がまずいかもしれないですが、昔、カボチャの蔓などと言えば、ただ無造作に豚の餌にされたことはよくあったのではないですか。ところが世の中が健康志向になった今では、あの青くてみずみずしいカボチャの蔓や花(徒花)は逆に美味しい健康料理にバリエーションしたものです。  桂林では4月に入ってから雨に濡れたカボチャが着々として伸びてきます。自由市場に買い物に行ってみればカボチャの蔓や花(サツマイモの葉っぱもある)を買う家庭主婦がよく見られるようになります。普通の野菜並みの価格の上(絶対高価なもの... [詳細へ]
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 中国の書道の聖と呼ばれた王羲之の末裔とされた清の王元仁(別名が王静山とも呼ぶ)は道光13年(西暦1833年)、友達の推薦で当時の省都だった桂林に赴任してきました。王元仁は浙江省山陰(現在の紹興市)生まれの人で幼い頃から書道に励み、地元では割に書道家としての知名度が高かったです。彼は当時の「天下の大文字の第一人者」と自負していたということです。彼がまず桂林の隠山の朝陽洞に大文字の「龍」という文字を書きました。当時の桂林は町でよく火事が起こり、百姓の悩みとなるほどでした。彼が何とかして百... [詳細へ]
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